会長就任のご挨拶

会長就任のご挨拶

馬 渕 貞 利

  2020年の春から始まったコロナウイルスの流行は,世界中に深刻な事態を引き起こして,私たちの生活スタイルまでも大きく変えるものとなりました。後世の人はこの4年間を「コロナの時代」と呼んで,人類史上の特記すべき一時代として扱うやも知れません。ただ,この期間はそれに止まらず,世界の人口や経済規模が急速に拡大し,AI(人工知能)やIT(情報技術),さらに宇宙工学や医療技術に至るまで,目覚ましい発展を遂げつつあります。これに伴って,私たちの周囲では既存の秩序や枠組みが急速に古めかしいものとなり,新たな対応能力や制度設計が求められるようになっています。

 最近の世界で起きていることは,この変革の時代に古きナショナルな思考に基づいてなされている反動的対応のように思われます。ロシアやイスラエルの指導者はその侵略的行動を自国の生存のために必要なものだと正当化していますが,上記のような歴史の潮流に掉さす極めて非人道的な犯罪的行為です。こうした動きに連動して高まっている軍事的緊張を背景にして,世界中の至る所で防衛力の強化や軍備増強が叫ばれ,各国が競うようにして軍事費を増額しています。しかし,今もっとも必要とされていることは,この変革を担っていく人材の育成です。すなわち,人材育成のための教育投資こそ今世界中で真剣に取り組まなければならない重要課題なのです。多くの人々が既にそうした声を上げつつありますが,いまだコンセンサスになりえていません。

 折しも少子化が急速に進行している国々では,それを食い止める方策の一つとして高等教育の無償化が進められようとしており,日本でも高校の授業料無償化に続いて,大学の学費無償化をめぐる議論が始まりました。財政規模の大きい東京都は,東京都民を対象に東京都立大学で今年からこうした措置を取り始めました。ここで若干私見を述べさせていただくと,日本の大学や大学院教育の在り方を考える場合,少子化対策以上にまず優先的に考慮すべきことは,戦前の師範学校の例を持ち出すまでもなく,優れた教育人材を育成することであり,そのために教員養成系の大学学部・大学院の学費を無償化することです。そのために日本の教員養成系大学のフラッグシップたる東京学芸大学が果たすべき役割は小さくありません。大いに期待を込めてエールを送りたいと思います。

 ところで,この間家の中での単調な生活が続いた私は,コロナが沈静化したら,これまでやり残してきたことにチャレンジしてみようと意気込んでおりました。ところが,再度辟雍会会長をという青天の霹靂のごときお話が舞い込んできて,本当に当惑いたしました。その後,前任の長谷川先生のご健康がすぐれないことなどを伺い,いろいろ思い悩んだ挙句,再度,老骨に鞭打つことを決心いたしました。とは申しましても,心身ともに往時のような力を持ち合わせておりませんので,ひとえに皆様のお力添えを頼って頑張るしかないと思っております。ご協力のほど,どうかよろしくお願いいたします。

 辟雍会は,東京学芸大学に関係する人々が交流し,親睦を深めながら,学芸大学の発展に寄与することを第一義とする場であります。こうした原点に立ち返り,現在の教育状況にも目を配りながら,できるだけ多くの方々と語らい,学芸大学の学生の皆さんがより溌溂と教育研究活動に邁進できるような共同作業を推進できたらと考えております。

 皆様のご支援,ご協力を重ねてお願いし,会長就任のあいさつといたします。

 

 

 2024年4月